多胎妊娠予防のためのSETの現状と展望
(著)加藤レディスクリニック 加藤 修 先生
はじめに
国内でのART(Assisted Reproductive Technology:生殖補助医療技術)治療周期は年々増加しており、ART妊娠による出産児数は全出産の1%以上に達している。ART妊娠では一般的に多胎妊娠頻度が20%~30%と非常に高く、周産期医療に重大な影響を与えている。不自然な多胎頻度の増加は複数胚移植に起因するため、単一胚移植(single embryo transfer :SET)が推奨されてはいる。
しかし、妊娠率の低下を懸念し、各施設とも全面的なSETの導入には踏み切れていないのが現状である。当クリニックでは2001年より多胎妊娠の減少を目指し移植胚数の減少に努めてきた。2005年より年齢、不妊期間などにかかわらず原則として全例に単一胚移植を実施している。2005年までの臨床成績を示しながら当クリニックでのminimal stimulationによるIVFとSETの現状について紹介する。
臨床成績
2005年1月より12月の期間に単一胚移植を実施した8227周期につき妊娠成績を紹介する。採卵のプロトコールは全例当クリニックオリジナルのクロミフェン周期(図1)ならびに完全自然周期perfect natural cycleで行った。
クロミフェン周期は図1のように月経周期3日目よりクロミフェン50mgを開始し、必要に応じ月経周期8日目よりHMG(rFSH)50~150単位を隔日投与する。卵胞径が18mm前後に達したところでクロミフェン投与を中止し、maturation triggerを投与する。卵胞が成長してもクロミフェンの抗エストロゲン作用によりLHサージが抑制されるため、GnRHアンタゴニストの投与は一切必要としない。またmaturation triggerは下垂体機能不全症例を除いてhCGは一切使用せず、GnRHアゴニズトのflare upを利用した経鼻投与である。本法の特徴は、HMG投与による卵巣の過剰反応(卵巣過剰刺激症候群OHSS)がないことである。われわれは年間 16,000例以上の採卵を行っているが、入院治療を要したOHSSは皆無である。また治療に要する通院日数が一周期あたり4~5日で済む事も他にない大きな利点である。当クリニックでの胚移植は新鮮胚移植が3929周期(分割胚移植3834周期、胚盤胞移植95周期)、凍結胚移植が4298周期(分割胚移植 585周期、胚盤胞移植3713周期)であった。全移植周期あたりの妊娠反応陽性率は36.2%、胎嚢確認31.1%、心拍動確認27.2%、出産率 23.9%であった(図4)。
多胎妊娠はすべて双胎で10例に認め多胎率は出産率あたり0.8%であった。子宮外妊娠は9例のみで全周期あたり0.1%、妊娠反応陽性群あたり0.3% であった。平均年齢は38.9歳で年齢別にみた臨床的妊娠率、胎児心拍確認率、出産率を比較すると、20代が53.8%、50.4%、47.7%、30~ 34歳が42.8%、39.1%、36.4%、35~39歳が35.3%、31.6%、27.3%、40歳以上では17.8%、13.9%、10.1%である。
(図1)クロミフェンを用いたminimal stimulation IVF プロトコール
考察
日本の体外受精胚移植周期数は20年前の草創期、すなわち数施設が海外での成功例を基に手探りで治療を開始した時期に比し爆発的に増加し、年間10万周期以上実際されるにいたっている。
(図2)国別のART妊娠での多胎率
治療周期数の増加に伴い国内に多胎妊娠の総数で増加し、NICUの慢性的な満床状態など周産期医療に重大な負担をかけている。こうした状況を考慮し、日本産科婦人科学会は1996年の会告で移植胚数を3個までに制限している。この会告の前は移植胚数に制限なく品胎以上の妊娠もしばしば認められていた。現在の移植数3個の制限下でも双胎や品胎の頻度はさほど減少せず、米国の35%、欧州の25%に比し幾分低いとはいえ、国内のART施設の多胎頻度は17%とまだ高率である(図2)。ちなみに、日本での多胎頻度が諸外国より低いのは、採卵数、妊娠数の多い当クリニックでの多胎頻度の低さが寄与している。当クリニックでは紹介したように分割期胚、胚盤胞にかかわらず原則として全例SETを実施している。当クリニックでのSET成績を支えているのは新鮮胚と凍結胚の移植成績がほぼ同一であるという高い凍結技術にあるといっても過言ではない。2個の分割胚が得られた場合、多くの施設では2個移植が選択されるであろう。当クリニックでは1個を新鮮胚移植し、余剰胚は凍結保存している。妊娠しなかった場合は、次周期以降の移植とし、妊娠に至った症例では第二子として有効活用する方法を選択する。この方法により多胎妊娠は限りなく減少し、しかも採卵1回あたりの妊娠率は複数胚移植よりも上昇することもわかってきた。
(図3)当クリニックにおける
単一胚移植実施率と多胎妊娠率
(図4)当クリニックにおける妊娠、出産率
最後に完全自然周期採卵をご紹介する。われわれが考えるART治療の究極は排卵誘発剤を一切使用しない single follicle-single embryo transfer(SF-SET)である。すなわち身体が自然にリクルートした、すなわち不妊ではない人が避妊しなければ確実に赤ちゃんになる自然周期の 1個の卵胞より1個の卵子を回収してその1個を胚移植して妊娠に至る方法である。SF-SETにおいてはLHサージのコントロールが自由にならず採卵至適時間の決定に苦慮しているところではあるが、近い将来LHサージのコントロールも可能に出来ると考えている。当クリニックでの年間数千例に及ぶSET成績に勇気づけられ、SETがあたりまえのプロトコールとして全世界に広く普及することを願っている。
結論
単一胚移植の妊娠率は、従来の複数胚移植周期と同様、年齢の上昇に伴い減少していく結果になったが、従来の報告と比べ妊娠率の大きな低下は認められなかった。多胎妊娠および子宮外妊娠率はいずれも1%未満であり、単一胚移植により多胎妊娠のみならず子宮外妊娠頻度を自然妊娠と同程度まで減少させることが可能となった。